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無知と馬鹿について

去年の7月にこんなことを書いていたらしいので

もう一度日の当たるところに出しておきます。


下記、過去の文章です。



権力者は馬鹿と無知を作りたがる。馬鹿と無知は自分たちが支配されていることに気づかないから。賢者のなかの、権力欲に塗れた者が独裁者になる。えてして権力者は賢く、それゆえに世界を支配し得る。

世界が危険な賢者に支配されているまたは支配されつつあると気づいた善良な賢者は声を上げる。しかし彼らはその時点では少数派である。先見の明を持った有能な人間であるが故に、彼らは少数派として大多数の馬鹿と無知に嘲笑される。そして支配者は彼らを排除する、大多数の馬鹿と無知を利用して。馬鹿と無知はここでも利用されていることを知らない。そして正義の味方になった気分になり、利用されているだけの日常に戻っていく。

人々は「常識」「世間」「普通」「みんな」に従う。安全だから。排除されないから。そこに支配者の目論見があることを知らずに。

支配者は賢い。人々が「みんな」に影響を受け、そういった空気に支配されることを知っている。だからその「みんな」と「空気」を作り出す。

様々な方法によって彼らは空気を作り出す。空気に乗るものは大多数の仲間入りを果たし、誰からも攻撃の的にされない安心の中で生活を送ることができる。空気に飲まれない者は孤立し、空気に乗った多数から攻撃される。

ここに、正しさという基準はない。

時に正しさという判断基準は人を傷つけもする。しかし正しさという基準すらない世界は権力者の支配を容易にする。そんな世界にある判断基準はただ1つ、「みんな」である。

そしてその「みんな」を作り出しているのは他ならぬ支配者である。このカラクリに気づかせないために、支配者はあらゆる手段を使って馬鹿と無知を養成する。

其の一、過去を隠す

其の一、事実を隠し、嘘を喧伝する

其の一、外部の情報を遮断する

何かと比較をすることができなければ、「いま」の状況を理解し判断することができない。そもそも情報がなければ思考することもできない。そういう状況を彼らは作ろうとしている。

孤立すること、一人になることを人は嫌う。そのことを彼らは知っている。ならば、僕らはいま、孤独になることを怖がってはいけない。

彼らはまた、僕らにこう思わせようともしている。

「自分一人が何かしたって、どうせ世界は変わらない」

ある当選者の獲得票数が数万票なのを見て、あるいは一位と二位の票数差が大きいのを見て、「結局自分が行かなくても変わらなかった」と思ってしまう。自分一人がここでゴミの分別をしようと、席を譲ろうと、赤信号を渡ろうと、誰かの悪口を言おうと、世界の進行には全く影響がない。と。

嬉しいことに、世界はその一人一人の行動の積み重ねで動いているらしい。いや、悲しいことに、といった方がいいかもしれない。見えにくいから気づかないだけで、意外と自分の行動が世界の大勢に影響を与えているらしい。それに気づくのはことが終わった後のことで、歴史の教科書にページが割かれてからなのだけど。

あの時、この積み重ねが戦争につながっていくと気づいていた者はほとんどいなかった。いてももみ消された。支配者に利用された大多数の馬鹿と無知に。戦争が始まってから、あるいは終わってから、あるいは終わって数十年が経ってから、人々はあの時の自分たちの「小さな」積み重ねの意味を知った。またはいまも気づいていない。誰もみな、あの時の牛乳一口がいまの健康に影響を与えているとは思えないように。

僕らはそれが大きなものになればなるほど、自分たちの与えられる影響なんてないと思ってしまう。関係なんてないと思ってしまう。選挙しかり、サークル運営しかり。

いまここで「戦争反対」または「戦争賛成」と訴えても効果はないように思ってしまう。そして支配者は、その「小さなこと」が世界を動かすことを知っている。だから少しずつ、見えないように、積み重ねていく。

馬鹿と無知はその積み重ねに、自分が加担していることに気づかない。そのくせ、「自分には影響力なんてない」と思っている。

気づく者もいる。しかし少数派になることを恐れ、声を上げることができない。

声を上げたものは、排除される。支配者と、馬鹿と無知によって。


歴史は繰り返す。なぜなら人は歴史から学ばないからだ。いや、学べないといった方がよいかもしれない。学ばせたくない人がいるから。そしてその人は、歴史を知っている。人々がいかに歴史を繰り返してきたか、という歴史を。支配者は賢いのだ。


こんなディストピアを迎えたくない。現になりつつあるけども。

僕らは知る必要がある。学ぶ必要がある。そして、孤独になる覚悟を持たなくてはいけない。

考えることは、孤立することでもある。他人と違う結論を導き出し、実行する怖さ。そして覚悟。

自分には世界に対する影響力がある、という覚悟。責任。そして自信。

お前には世界を動かす力がある。

ようこそ馬鹿と無知諸君、ディストピアへ。

君たちにはのびしろがある。いや、のびしろしかない。

そしてそのことは、世界にものびしろがあることを意味する。

きっとこの世界には希望が満ち溢れている。

僕たちには世界を動かす力がある。そのことを知っていて、僕たちを利用する権力者がいる。知らずに、利用される僕たちがいる。

大事なことは何度でも繰り返して言う。大事だから、「わざと」繰り返すのだ。


さて、僕らはまた歴史を「繰り返す」のだろうか。それとも気づかないうちに「繰り返させられる」のだろうか。

これまで人類が成し遂げてきた数々の偉業を、僕らは「意識的に」「繰り返す」必要がある。欲に塗れた権力者が、彼らにとっての大事なことを繰り返す前に。

きっとこの世界には希望が満ち溢れている。



以上です。