テーマ おんなのこ

誰でも本屋2回目のテーマとなります。

 

今回は「おんなのこ」

 

 

 

ベリーキュートな女の子として生まれたい。

とはいえそれほど積極的ではない性格だったためか教室内では目立つこともなくもちろん特段モテるわけでもなかった小学校・中学校生活を送りたい。

そして本当は両思いだったのに片思いだとばかり思い込んでたがために発展しなかった淡い恋の思い出を高校時代に作りたい。

後悔ばかりが残るこれまでの人生を振り切るが如く大学で遊びまくりたい、そして数人の男に癒えることのない深い傷を追わせたい。

最終的にはクソほど優しい男に出会って思いっきり甘やかされながら幸せな家庭を築きたい。

そういうひとに、わたしはなりたい。

そんな来世のために現世は徳を積むのだ。

本なんかより徳を積みたい。積み重ねた徳の下敷きになって死ねば叶うだろうか。

 

これまでに積んだ徳の量ではきっとベリーキュートな女の子として生まれ、それほど積極的な性格ではなかったため兄弟姉妹間のご飯戦争に勝てない幼少期を送り、片思いとかよくわからないうちに避妊手術をされ、行くあてのない欲求を振り切るが如くボール遊びに全力を傾ける思春期を過ごし、クソほど優しい飼い主に毎日散歩に連れてってもらうコーギーくらいにしかなれない。いや、結構幸せだなこれ。できればたくさんおやつをもらって犬か魚雷かあるいは太鼓の達人かわからないくらいにまるまる太らせてもらいたい。

 

貯めた途端にしょうもないものに使ってしまうポイントカードのような僕の徳の話はおいといて、本題に戻ります。

 

「おんなのこ」というテーマで僕が選ぶ本はこちら

 

honto.jp

 

最終兵器彼女高橋しん(小学館)

 

弱気でドジな女の子が最終兵器になる話です。正直意味がわかりませんがその通りなので仕方がない。この説明の意味のわからなさは、作中世界で生きる人々が世界に対して感じる意味のわからなさ(理不尽さ)と重なるのかもしれません。

とにかく主人公が可愛くてカッコよくて切なくてアホでドジで可愛くてカッコいいんです。幼少期からサッカーに明け暮れたためいわゆる中2病を発症することなく、その後高1でサッカーを辞めた僕は高2病真っ只中。中2のうちからコツコツ溜めてはその都度使うようなことができなかった僕は、溜まりに溜まった思春期ポイントをここで全額使い切ったのでした。

この物語はいわゆる終末もの、セカイ系ディストピアものなどと呼ばれるやつです。そんな世界の中で可愛い女の子が戦っている(そして恋をしている)と。そんな刺激の強いものに、ポイント有効期限切れが迫っているメールを受け取った僕が反応しないわけもなく、そしてあまりの衝撃にその後の人生にまで影響を与えてしまったのではないかと推測しています(修論テーマはディストピア)。

 

世界が終わる(かもしれない)ということと、恋。

この思春期2大キーワードを出されては、行くあてのない様々な欲求や不満みたいなものを僕が全力で差し向けてしまうのも致し方ない。貯まったポイントで「身につけてるだけで腹筋が鍛えられるやつ」が買えるとなったら、そりゃ奥さん買いでしょうよ。

思いっきり魂(腹の肉)を揺さぶられてほしい。

 

 

本当にどうでもいい話でここまできてしまったけど、今回のテーマもいつも通り拡大解釈して考えてもらいたいです。

「おんなのこ」に年齢も国籍も関係ありませんし、可愛いとかかっこいいとかに縛られるものでもありません。対潜水艦用魚雷のようになってしまったコーギーだっておんなのこだ!服屋に行くとレディースものの方がデザイン的に気に入ってしまう僕もおんなのこだ!来世は真木よう子になりたい!!

 

 

 

誰でも本屋「光」

海を照らす光 

M・L・ステッドマン/古屋美登里 訳(早川書房)

http://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784151200885

 

 

暗い時代の人々 

森まゆみ(亜紀書房)

http://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784750514994

ついに再び暗い時代へ突入した日本。だがかつての暗黒の時代も光が全て消え去った訳ではない。灯された微かな、しかし輝かしい光を放った人々を私達が忘れない限り、まだ希望は…
「暗い時代」を認識せよ。全てはここからだ。

 

 

裸足で逃げる:沖縄の夜の街の少女たち

上間陽子(太田出版)

http://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784778315603

光あれば影もある。注目の「質的調査」に基づく社会学の成果。彼女(/彼)らに人生はこの道しかないのだろうか。この著者にしか描き得ない日本の現実。 ここに「あったかもしれない私」を想像することから始めよう。

 

 

踊る光

トンケ・ドラフト/西村由美 訳/宮越暁子 絵(岩波書店)

http://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784001156669

光をリズムに溶解させながら、それは幻惑剤なのだと主張しているかのように、上質な浮遊感と読後感を提供してくれる短編集です。そしてファンタジックな世界観とは対照的に、作者の創作人生の如き「暗さ」をも際立たせる、正に光の書です。

 

 

オーデュボンの祈り

伊坂幸太郎(新潮社)

http://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784101250212
強すぎる光は暴力にもなります。コンビニは夜を明るくするし人を殺せる。けれど朝の光で気持ち良く目ざめることもある。そんな両極を人間も持っているのではないでしょうか。残虐さの描写の裏に、人間への希望と愛が詰まった小説だと思います。

 

 

これから「街の本屋」と「小さな版元」が生き残るためには、を考える(後編)

タイトルにある本編に入る前に、これから出版業界がどうなっていくのかという予想をしておきます。本編の前提ですね。もちろん、予想にすぎませんが。

なんてったって、「実績のない」若造のいうことですからね。

 

 

取次さんがこのままの姿勢でやっていくと、二極化が進むと思います。

つまり

①大手版元+大手取次+大型(都心部)書店の組み合わせ

②小版元+(中小取次)+小型(地方)書店の組み合わせ

です。

 

②には独立系の書店や、直取引のみの書店、メイン商材が本ではない店舗なども含みます。要するに最近勢力を増しつつあるタイプの書店ですね。

小版元というのもそうですね。例えばトランスビュー扱いの版元や、ミシマ社のような直取引メインの版元だと考えてください。あとは神田村や地方小、ツバメ出版流通などの中小取次を介する版元です。

 

つまり、①は既存の取次(流通)システムで特に差し迫った対応をとることなく生き残っていけるであろう集団で、②は既存のシステムからは弾き出されてしまった(あるいは見切りをつけて自ら離れた)集団で、とにかく必死に頭をひねって策を練った結果生き残れる集団です。

前者には、とにかくそちらのやり方で生き残ってもらいましょう。もちろん否定はしません。様々なタイプの版元・取次・書店が、様々な手段によって生き残っていくことが一番重要なことなので。正解はひとつじゃないし、それこそが多様性の担保につながるからです。こうすべきだ!と決めた途端に終わりが始まると、僕は思っています。

これから考えるのは、後者がいかに生き残っていくかです。

 

 

端的にいってしまえば、版元と書店が協力していこうということですし、もっといえば製版一体型が究極の理想になるかもしれません。「作って売る」の全部に関わる、ということ。

 

先日「走る本屋さん 高久書店」の高木さん(普段は静岡の戸田書店西郷店の店長)のお話を聴く機会がありまして、書店のない地域、書店空白地域問題の深刻さを再認識しました。そしてそういった地域にいる人たちには本に対する強い欲望があることも。読みたいんですよ、本を。でもないから諦めてしまう、あるいはネットで買う、それほど思いの強くない人はまあいいやってなってしまう。

でも、ちゃんと熱意を持って選書して、熱意を持って本を届けに行けば、きちんとその思いは通じるんですよ。そういったことを、高木さんのお話から受け取ることができました。

 

そしてもうひとつ、伽鹿舎という出版社をご存知でしょうか。熊本のいち版元なんですが、非営利(週末)出版社として、本業を別にもつ人たちが「九州を本の島に」という理念のもとに本を作っています。そしてなんといっても、九州限定配本という制度。基本的に、九州の書店にしか配本しないんです。初版分を売り切って重版したら(つまり九州にはある程度行き渡ったら)全国解禁、先日『幸福はどこにある』が解禁第一弾としてめでたく全国デビューしました。

 

(せっかくなのでここまで読んでくださった方は二者とも調べてみてください。リンクとかはあえて貼りませんので)

 

縁あってこういった方達と巡り会えて(特に後者は濃い付き合いになりそうですが)、ここからヒントが生まれました。

 

最初に戻って、なんで取次が地方や小さい書店を避けたがるかってことを考えると、結局物流コストの問題なんですよね。

じゃあ運ばなけりゃいいじゃん、って彼らは思っているようですが、僕もそれは同意です。180度意味は違いますが。

 

まず版元側から考えます。

ひとつは本を「地産地消」してしまおう、という案。あくまでもひとつの案で、絶対的な方法ではないですが。伽鹿舎が九州で作って九州で売っているように、これが各地域で生まれ始めたら面白いように思えます。

現状伽鹿舎は長野の藤原印刷さんと素敵な関係を築いていますが、九州の印刷・製本会社と同じようにできたらいいですよね(藤原印刷さんの九州支店ができるのもいいですね。笑)

地域の版元が本を編み、地域の印刷・製本所がカタチにして、地域の取次が届け、地域の本屋が売る。こういう仕組みが各地にできたら、大きな仕組みではないから大きな利益にはならないだろうけど、素敵な感じがしませんか?

 

次に書店側。というか広い意味での「本屋」、本を売る人。

普通に取次から満足な配本がある書店はこれまで通りで大丈夫です。なのでこれからの話はそうではない書店の話。

可能性のある道のひとつは、「心意気のある」版元をメインに取引をする、ということ。「心意気」とはつまり、「うちの本を意志を持って売ってくれるお店であればどこにあっても送りますよ」というもの。一般化するのは違う気もしますが、魂込めて本を作っている版元さんはきっと魂込めて売ってくれる書店さんには魂込めて本を送ってくれますよ、ということです。書店の規模とか、売上高とか、距離とかはどうでもいい。最高の本を作ったという自信があるから、とにかく置いてくれ。そういう版元さんですよ、きっと。たぶん。

この両者の間に、もちろん取次が入った方が手間が省けるのかもしれません。でも大手取次にはそういうコスト的な余裕と心意気はなさそうなので、悩みどころですよね。

 

で、ここからは興味があればやって欲しいことであり、個人的にもやってみたいことなんですけど。

 

移動(出張)本屋を、これまでの要素を取り入れてやってみて欲しい(みたい)んですよね。

やり方のイメージはこんな感じ。

 

・出店地域は書店空白地域。

・本の仕入先は数パターン(できれば組み合わせたい=立場を超えて協力したい)

 ①出店地近隣の書店の在庫を使う(利益の一部を手数料としていただく)

 ②地域関係なく協力してくれる版元から委託(同様に一部手数料)

 ③もはや著者本人でもいいのでは?

 など

・交通費などの必要経費は、協力料(宣伝料)として①②③から出してもらう

 

①は書店の出張所的なイメージになるかと。これは高木さんのように書店員が自店舗でやってもいいでしょうし、僕みたいなことを考えてるひとに任せてもいいと思います。その地域に版元さんがあれば声をかけてもいいと思います。著者が住んでたらもっといいですね。

②は、版元主導の本屋という可能性を含んでいます。というかそれがメインです。製版一体。自社の本を売るのはもちろんですが、他社の本も一緒に売って欲しいですね。他社本は販売手数料として利益の一部をいただく、という形で。

 

中小版元の苦しい理由は、結局のところ「存在を知ってもらえない」ことにあると思うんですよ。大部数刷れないから書店に行き届かない。入荷しても棚差しだから見つけてもらいにくい。どんなにいい本でも。

対して街の本屋は、とにかく本が入ってこないということになるかと。

そしたら組むしかないですよね。ということなんですが。

 

移動(出張)本屋の最大のメリットは、「存在を知ってもらえる」ということです。書店の存在、版元の存在、そして本の存在です(協力料=宣伝料とはそういうことです)。

知ってもらえさえすれば、それが「いいもの」であれば手にとってもらえるんです。キンコン西野さんの『プペル』のように。無料公開しても売れるんです。

いい版元であれば、いい本屋であれば、そしていい本であれば、その存在に気づいてもらうことさえすれば結果は出るはずなんです。

でもそれが、特に地方では難しい(都心部や大型書店では逆に「情報がありすぎて気づいてもらえない」ということにもなってますが)。

でも地方だからこそ、街の本屋(版元)だからこそ、できることがあるように思えます。

 

僕がこれまでずっと言い続けている、「本屋がなくなっているのなら、みんなが本屋になればいいじゃないか」というのはここに繋がります。地方こそ、書店のない地域こそ、みんなが本屋になれる仕組みが必要なんです。書店さん、版元さんの協力さえあればできると思います。今の僕のように書店員や版元人といった肩書き・立場のない人でも、熱意さえあれば本が売れる仕組みを。そうすれば、既存の取次システムがなくても生き残っていけると思います。

 

大きい仕組みの中に飲み込まれていないからこそ、できることがあるように思います。小回りとか、融通とか、そういう言葉で表される何かが。もっと純粋に、「いい本を作りたい」「いい本を届けたい」「いい本を読んでもらいたい」「いい本を読みたい」という思いだけを追求してやっていける、そういう仕組みが構築できるように思えます。

 

それは、小さいからこそできることだ

 

と記して、このまとまりのない長文をまとめたように思わせます。おわり。

これから「街の本屋」と「小さな版元」が生き残るためには、を考える(前編)

www.nikkei.com

先日のこちらの報を受けて、いま思っていることを書いておこうと思います。

日経の会員ではない人は申し訳ないですが、とにかく採算の取れない書店を閉店させるということです。

 

これをみて、これまで疑問だったというかうまく点と点が繋がっていなかったものが

悪い意味で線になってしまいました。もちろん推測の域を出ませんが。

 

それは、結論から言うと、「取次は、大型あるいは都心部などの、自分たちが効率よくコストをかけずに相手できる書店以外は潰したい」ということになります。悪意のある言い方をあえてしますが。

 

以前から、パターン配本や実績配本などと呼ばれる、書店のランクによって配本がされる仕組みに疑問を抱いていました。ランクとは、簡単に言えば売り上げの大きさです。それはお店全体の売り上げでもあり、細分化してジャンルごとや、さらに細かくして著者、などと、大きい区分けから小さい区分けまであります。

要するに、「この店は先月これだけ売ったからこれだけ」「この店はこのジャンルはこれまでにこれだけ売ったからこれだけ」「この店はこの著者の過去作をこれだけ売ったからこれだけ」配本しよう、ということです。大雑把には、ですが。

 

で、この仕組み。僕の直感が間違ってたら取次さんには申し訳ないんですが。

 

あんた(取次)が「なくなってほしい」と思っている書店には配本しなければ勝手に潰れる仕組みなのでは?

 

と思ったのです。この仕組みを知って、それでどうなるんだろうと考えたときに。たぶん一年くらい前。

 

つまりですね。過去の実績で配本されるということは、配本されない=実績を作るための本がない、ということになり、その連鎖(循環)が続くとまるで食物連鎖で水銀の濃度が高まっていくように、配本ランクが下がり売り上げが下がり、ありゃまー。となるわけです。

逆にいうと、配本されるところは実績を作るための本がきちんとあるわけで、それをある程度の量売ればまた実績が上がって、より配本されやすくなる、というわけです。そりゃもとから配本されやすい大型あるいは都心部の書店は、「結果として」あるいは「必然的に」、またはこれは考えたくないことですが「故意に」、優遇されて生き残っていくわけですね。

 

例えば

現在ツイッターで多くの書店員が応援している『水族カンパニー!』

www.hanmoto.com

この1巻の売れ行き次第で雑誌での連載再開が決まるということで、この本の面白さを知っている書店員さんが熱烈な応援ツイートをしています。

これが連載再開されて2巻が刊行されたときに(現実のものになってほしい...!!)、1巻のときはまったく気づいていなくて、そのタイミングで「展開したい!」と思った書店員さんがいたとして。果たしてそのお店にはどれだけ配本されるのでしょうか。地方のしかも小さい書店だった場合、注文をしない限り確実に配本されないでしょう。もしかしたら、注文しても満数入荷することはないかもしれません。最悪0です。

なぜかってそりゃ「実績がないから」ですよ。でもこれがもし、1巻の時点でバカ売れして(これからそうなってほしい...!!)、そのタイミングでこのお店が取次(版元)に注文をしても、配本(入荷)されない可能性もあるわけです。例えばこの小学館あるいはスピリッツの同系統の漫画の実績がない、著者の過去作の実績がない、などの理由で。というかそれ以前に、バズればバズるほど大型or都心部の書店に大量に配本され、地方or小さい書店には配本されにくいわけですから。

そりゃ次巻だって配本されませんよ。過去の実績によって決まるんですから。

 

でもその実績って、結局は「配本してもらえなければ作れない」んですよね。これって理不尽だし、原理的に「一度縮小し始めたら縮小し続ける」(またはその逆)ことになるのではないかと思うんです。一度でも失敗したら連鎖的に(漸次的に)ダメになっていくと。

もちろん書店の実力があれば実績は作れますし、挽回も可能なんですけど。

今回の「採算の取れないところから閉店させる」という方針と、日々感じていた取次の「大型・都心部優遇」の姿勢を併せて考えると

 

なんだ。結局取次は街の本屋なんて応援してないんじゃないか。というか、コスト(リスク)にしかならないから潰れてほしいと思ってるんですね。

 

と思ってしまったわけです。

 

 

現に、前回10冊配本の5冊売れ、そうなると今回は7冊配本の......え?なんで3冊しか配本されないの!?みたいなことも小さい書店だとあるようですし。

フェア展開したいから!と注文しても数冊入ってくればいいほう、みたいなのもあるようですし(書店が自発的に「売りたい」と思ったものくらい満数出荷しろよ、と毎回思っているのですが。そのくせいらないもんは大量に配本されるし)。

 

 

とにかく僕は、今回、「もう取次に頼っていてはだめなんだ」と、ついに本気で思ってしまったわけです。これまでは「このままじゃだめだけど、もしかしたら。それに取次にはなくなられたら困るし」くらいには思っていましたし、その思いで実際に入社もしましたしね。

 

これで晴れて、名実ともに取次から「離れた」ということになりました(月が変わって正式に退職となりました!!祝・無職!!)。

(配属希望書に「街の書店が復活する手助けがしたい」と書店営業で希望を出したら、出版業界と関係ない仕事をする会社に出向になったのも、なんだか納得がいってしまうのでした)

 

 

 

でもこれは、チャンスだと思っています。

取次に依存する体制から脱却して、地方の、小さな、街の本屋が逆襲するための。

あるいは同じように取次から見放されていた「弱小」版元の。

 

これからの大手取次は、同じように「大きな」ところにしか手は差し伸べてくれないように思えます。じゃああんたら抜きでやってやるよ、と。大きくて効率よくてコストがかからないほうのはそっちでしっかりやってくれ。そうじゃないほうはこっちがなんとかしてやるから、じゃあな、元気でやれよ。そういって別れを告げよう。

 

 

www.youtube.com

この名曲を思い出したので貼っておきます。

 

後編に続きます。

 

「ついで買い」というものについて

書店減少の対策としてよく掲げられるこの「ついで買い」というもの。

このテーマ、軸がしっかりしていないと意味がないのではないか、ということをつらつらと。

 

 

大きく分けてふたつ方向があると思うんです。

①「本を日常的には買わないひと」に「ついでに」買ってもらう

②「本を日常的に買うひと」に「ついでに」買ってもらう

 

もっと細分化してもいいと思います。

①ー1「本を日常的には買わないひと」に「本屋で」本を「ついでに」買ってもらう

①ー2「本を日常的には買わないひと」に「本屋ではない場所で」「ついでに本を」買ってもらう

①ー3「本を日常的には買わないひと」に「本屋で」「ついでに本ではないモノを」買ってもらう

②ー1「本を日常的に買うひと」に「本屋で」本を「ついでに」買ってもらう

②ー2「本を日常的に買うひと」に「本屋ではない場所で」「ついでに本を」買ってもらう

②ー3「本を日常的に買うひと」に「本屋で」「ついでに本ではないモノを」買ってもらう

 

まだあるでしょうがとりあえずここまでで。

 

これら細分化され得る「ついで買い」に対して、それぞれの店舗・取次・版元がどの「ついで」を狙っているのかを明確にしないといけないと思います。

 

ここからはよりいっそう個人的な感覚の話になりますが

僕がもし本好きの人間でなかったとすると、「とんでもないほどの魅力がなければ」本のついで買いなんかしません。

 

どういうことかというと

例えばショッピングモールに服を買いに行ったとして、服屋にとりあえず本が置いてあったとしましょう。

とんでもないほど魅力がなければ買いません。というより目線が行かない可能性の方が高い。

あるいは本屋の中に服が売っている場合でも同じではないでしょうか。僕が見に行くのはあくまでも服であって本ではない。

雑貨や文具でも同じ。結局彼らは「本ではないものを」見に、あるいは買いに来ている。そこに服(文具・雑貨)があるからお店に足を踏み入れたのであって、「本があるから」ではない。結果としてそこに「本があった」だけで、「本屋に行った」という見た目的な行為は同じでも、持つ意味合いは完全に異なる。

 

ショッピングモールというワードに沿って考えてみる。

「ついで買い」を目指した書店のつくりは縮小化されたショッピングモールと言ってもいい。

書店というショッピングモールの中に本のテナントや文具・雑貨のテナント、CD・DVDのテナントなどが入っている。さらにそれぞれ、本なら文庫・コミック・実用・人文・雑誌などというジャンルに分かれる(服屋がメンズ・レディース・キッズに分かれさらにその中でも世代や雰囲気、用途に分かれるのと同様)。

ひとは書店=モールの中を、目当てのものを目指して移動する。

 

そう考えると、「服」あるいは「赤ちゃん用品」をショッピングモールに買いに来たひとが、ついでに書店に寄るだろうか。という問いが生まれる。いや、疑問か。

本を日常的に買うひとならもちろん寄るだろう。じゃあそうではないひとは?

確かにそこに(ショッピングモールであれば)書店が、あるいは(書店であれば)本が存在している。でも彼らが求めているものが書店あるいは本ではない場合、それはただ「在る」だけで、それ以上の意味はないのではないか。

 

とすれば、「ついで買い」というものは非常にレベルの高い試みではないか、という答えが出る。少なくとも「本が目当てではないひと」「本を日常的には買わないひと」に「ついでに本を」買ってもらう、という場合には。

つまり、「とんでもないほど魅力的」でなければ本を手にとってもらえる可能性はないのではないか。

 

 

本を本気で売りたいのであれば、いまの多くの併設店は生ぬるい。本が売れないから「とりあえず」ほかの粗利のいいものを売っとけ、というようにしか見えない。そして「ついでに本を買ってもらえればラッキー」ぐらいに思っているのかもしれない。

 

残念ながらそれは完全に目論見違いだ。なんどもいうが、「ついでに」買ってもらうには「とんでもないほどの」惹きつける力がなければいけない。でも「とりあえず」置いているだけのモノにそんな力はない。正確には、「モノには力があっても、それをひとが生かせていない(どころか殺している)」ことになる。

そしてそういう生半可なお店は、本好きのひとには見限られる。だってつまんないもん。

そうやって中途半端な併設店は本好きには見限られ、そうではないひとには本を買ってもらえず、本以外の併設したモノは本職に負ける、という未来が待ち受けている。

 

「ついで買い」や併設店がすべて悪いというのではない。やるならちゃんと軸を持って、誰に対してアピールするのか、何を売りたいのか、そういうのを明確にして、「本気で」やらないといけない。そういうことが言いたいのです。

 

本好きをターゲットにするなら、キワッキワの棚を作って、その上で最上の「本以外のモノ」を置く。

本好き以外のひとをターゲットにするなら、最上の本以外のモノを丁寧にセレクトして、かつ「見た目だけで」惹きつけられるような力を持った本を置く。

(この観点からすると版元も努力が必要ですね。視界に一瞬入っただけで気になって手を伸ばしてしまうような装丁を考えないと)

 

 

まとまりもなければ明確な答えもないんですが

こんな感じです。

とりあえず、最初に提示した細分化のそれぞれに対する最善の体系・方法を考えていくしかないかと。わかんないけど。

 

 

 

祝・第1回「誰でも本屋」開催&「本屋」lighthouse開業

お待たせしました。

できました。

疲れました。

オフトーンズへの長期契約が締結寸前です。

 

 

今回のテーマは「光」

 

理由は簡単、まずlighthouseだから。

 

 

そしてもうひとつ。僕の人生に光が欲しいから。

会社を辞したので職がありません。来月から無給です。

 

仕事探しの果てなき道を照らす光を僕にください。

 

 

 

そして奇しくも今日、この国は終わりへの一歩を踏み出しました。

共謀罪

 

私たちの人生に光を。

この国に、そして世界に平和の光を。

 

光を生み出すのは、与えるのは

たった1冊の本、あるいはひとりの人。

 

そう信じています。

 

 

テーマ「光」

軸本:海を照らす光(M・L・ステッドマン/古屋美登里 訳 早川書房)

www.hanmoto.com

 

灯台守トムと彼の妻イザベルのもとに天から与えられた希望とは。

灯台=lighthouseを中心にして紡がれる物語であり、人生における光=希望とは何かを考えさせられる物語でもあります。

 

映画化もされましたね。観たいです。

 

それでは。素敵な船出となることを祈って。

 

 

lighthouse 使い方

lighthouseの使い方についてです。

 

まず、本の集め方。

 

1. Twitterに運営者(@gucchi_penguin)よりテーマと軸本が投稿されます。同時にこのブログでも告知&詳細をお伝えします。

 

2. ツイートには #誰でも本屋(テーマ)のハッシュタグがついています。初回を例に出すと、#誰でも本屋光となります。

 

3. 「本屋」のみなさんは、運営者のツイートをもとにして、同様に#誰でも本屋(テーマ)をつけて思い思いに本を紹介してください。あるいはハッシュタグを検索して、すでにTwitter上に照らし出された本から着想を得てください。その際、思い浮かんだ本がテーマから外れてしまっていても構いません。もし「外れてるかも」と思った場合は、どの本から連想したかを明記していただけると幸いです。

 

4. ツイートする際に必要な事項は以下

・タイトル(あまりにも長い場合は適宜省略してくださって構いません)

・表紙画像(版元HP、ネット書店、所有しているものを撮影、など法に触れないものであればなんでも可。表紙以外にも紹介したい部分があればそちらも)

・選書理由、おすすめポイントなど(基本的には140字=1ツイートに収まるイメージでお願いします。ハッシュタグやタイトル分の文字数があるので実質100字程度かと。この部分はlighthouseサイトに反映させる際に使わせていただきますのでご理解ください)

・#誰でも本屋(テーマ)のハッシュタグ(このハッシュタグを検索して収集したものを運営者がサイトに反映させます。必ずつけてください。これさえあれば上の3つはなくてもなんとかなります、たぶん)

 

5. 運営者がlighthouseサイトに集まった本を掲載します。検索漏れはご容赦ください。どうしても!という場合や不安すぎて夜も8時間しか眠れないという場合は、運営者のTwitterに直接飛ばしてください。

 

 

次に、掲載後の利用方法など注意点

 

1. 掲載期間と収集期間は運営者の気分と忙しさによって決まるので特にこれといったものはありませんが、だいたい1ヶ月間程度と認識しておいてください。あまりにもツイート数が多くなった場合にはその時点で収集を終了しますが、前テーマの掲載は短くても1ヶ月は行ないます。

 

2. 「本屋」のみなさんは、lighthouseサイトに掲載された本たちを自由に使って、フェアを組んだり次に買う(作る)本を考えたりしてください。すべてを使う必要はありませんし、どんな形で使っていただいても構いません。報告等も不要です。

 

3. 投稿する本は、基本的には1冊のみでお願いします。軸となる本やテーマ以外からのちに着想を得て「どうしてもこれは!」というものを除いて、1期間に大量の投稿はお控えください。「1冊の本に時間をかけて向き合うこと」がlighthouseの趣旨のひとつだからです。

 

適宜ルールは変更する場合があります。

現時点ではこんな感じです(2017.6/15)

 

 

「誰でも本屋(仮)」β版(もうちょっとセンスを感じる名前にしたい誰か名案をー)

さすがに前回思いついた形でやるのは現状不可能なので、まずは実験的にβ版を。

 

gucchi-zu.hateblo.jp

 

とりあえず発想をもう一度簡単にまとめ&おさらいしておきます。

 

1. ひとつのフェアや企画を実施するための時間と知識が足りない

→いくら棚担当でも全ての本を知ることはできない。ジャンル横断的なフェアならなおさら。

2. 書店員ではないが本屋になりたい人は多くいる

→本を一番知っているのは読者とも言える。

3. フェア・企画用の選書をみんなでやれば素敵なものが出来上がるのでは?

→テーマ・軸となる本を設定しそこから連想した本を投稿し、その中からさらに選書することでより質の高いフェア・企画ができるのでは?

4. ひとつのフェア・企画をひとつの本屋と考える

→練りに練った質の高い選書であれば、点数が少なくてもちゃんと売れる。一箱古本市的な。

5. 本屋とは人である

→本屋が本を売るのではない。本を売る人が本屋なのだ。ならばみんなで本屋になろう。書店が減っているのなら、みんなが本屋になろう。

 

 

それではβ版の説明を。

 

1. 僕がツイッターに軸となる本を投稿します。「#誰でも本屋#軸本」などのハッシュタグ付きです(タグ名は検討します、もう少しわかりやすくかつシャープでオシャレなものを...)。テーマがある場合はテーマも明記し、その本を選んだ理由を簡単に記します。もちろん表紙画像も。

同時にこのブログにも投稿します。軸本の紹介をツイッターよりも詳しく。

 

2. 「本屋」の皆さまは軸本やテーマから得た着想をもとに、「自由に」本を投稿してください。必要事項は

  ⑴「#誰でも本屋」のハッシュタグ(やはりタグ名は要検討)

  ⑵タイトル

  ⑶表紙画像(OpenBDや版元ドットコム、ネット書店、版元ページ、自分の持ってるものを撮影、など法を犯していなければなんでもOKです。表紙以外でも紹介したい部分があれば自由に)

  ⑷理由、おすすめポイントなど。可能であればどの本から着想を得たか、なども書いて頂ければ。そのほか著者、出版社などは文字数に応じて皆さまが入れたいと思えば自由にお願いします(※1)。また、ツイートは数回にまたがってしまっても構いませんが、できれば1ツイートに。ハッシュタグやタイトルの分があるのでそこは考慮しますが、「140字のPOP」を作るイメージでお願いします。

 

  

 

3. 僕が勝手に決めた期間が経過したら、投稿を集計し「誰でも本屋(仮)」のWebページに皆様のコメント付きで反映させます。Let'sマンパワーハッシュタグの検索漏れはご容赦!

 

4. 「本屋」の皆さまはウェブのリストを参考にフェア・企画を実施していただければ、ハッシュタグの検索によって乾いた僕の眼球が潤います。

 

※1 理由はなんでもいいです。とにかく自由に選書してください。文脈棚のイメージなので、軸本に限らずタグを辿って自由に連想してください。大事なことは、本を売る人に対しては「この本を売りたい!」と、本を読む人に対しては「この本を読みたい!」と思わせられればなんでもよし、ということです。お尻を出した子一等賞なのであれば、お尻を出せばいいのです。そういう話です。どういう話でしょうか。

 

あ、大事なこと忘れてました。投稿は1回まで。そして1冊のみです。

なぜなら、「丁寧に本を選ぶこと」がこのシステムの根幹にあるからです。

必死に頭を悩ませひねり出した1冊を、気持ちを込めて紹介する。

それが「本屋」の原点にあると、僕は思うからです。

そしてそれができなくなっているからこそ、いまの状態が生み出されてしまっているのではないでしょうか。ですがそれは、決して書店員ひとりひとりに問題があるのではななく、環境がそうさせてしまっているのだと思います。その解決策のひとつとして、このシステムが何かの役に立ってくれればいいと思います。「本屋」のみんながひねり出した1冊の集まりからさらに選書する。贅沢だと思いませんか?

 

そして本当にごめんなさい。現状では「本屋」になりたいと思っている「書店員以外の皆さま」には、実際に本を売っていただく環境を作れません、主に仕入れの面で。東京圏の人なら神田村などを利用すればなんとかできるかもしれませんが、地方はどうしようもありません......

実際にフェア・企画を実施した書店の方からの「あなたの投稿した本が売れましたよ!」というような報告ができるページを用意できれば......と思っているので、そちらで「擬似本屋」を体験していただくことしかできません。くそー。

 

 

ということで

全国全世界の「本屋」の皆さん、

こぞってお尻を出してください!!!しば犬並みに綺麗なお尻(の穴)を見せてくれることを期待してます!!!これはいったいなんの企画だ!!!

 

 

 

 

 

とテンションをぶち上げたはいいものの

まだWebページが完成率2%なので、スタートまでしばしお待ちください。

それとルールは随時変更する可能性があるのでその点ご了承ください。皆さまからのアドバイスがあれば嬉しいです。すてき!と思えばスタート前に変更もあります。

 

あと誰かもっとシャープなセンスを感じる名前を考えて欲しいでーす。お待ちしてまーす。

せっかくなんで、みんなで「本屋」になりませんか?

思いがけない環境に身を置かれてしまった結果生まれた思いつきです。雑草魂。

 

テーマは「誰でも本屋になれる」です。書店が減少しているなら、みんなが本屋になれる仕組みを作ればいいじゃない。そんな、シンプルかつ無謀な想いから生まれました。

法律のこととかは全く考慮に入れてないし、現実問題として不可能なことも多くあるとは思います。だって現実を知ろうと思って入社したのに、知ることすら許してくれなかったんですから。まあそれはさておき。

とにかく「現実的に無理だ」という指摘は歓迎しますが、「だからこの仕組みそのものが無理だ」という否定は受け付けません。現実的に不可能なのであれば、いかにしてその現実の中で理想に近づいていくかを考えるのが道理だからです。

 

文章のみの説明になってしまうのでイメージがつきにくいかもしれません。僕もまだあやふやな部分が多いです。なのでなんとなくのイメージだけでも伝わってくれればいいです。具体的な部分はこれから詰めます。

 

まず、共有したいイメージは「誰でも本屋になれる」ということと、本屋というのは既存の書店のイメージとは少しちがう、ということ。「本屋とは人である」のイメージに近いです。

 

そして次のイメージは、「読者、書店員、版元、著者など本に関わる全ての人が集まり、情報を共有できるプラットフォーム的な何か」です。僕がいまここで目指す「取次」は物質的な意味での本ではなく、人や情報を取り次ぐ存在です。

なぜこのイメージが生まれたかというと、先日の一箱古本市に参加したことがひとつの理由です。僕は自分なりに限界まで練りに練ったテーマ設定と選書で臨み、32冊中28冊を売りました。そこで感じたことは、テーマを設定し選書をするための時間があれば売れる箱を作れるということ、そしてたった30冊程度の規模でも良い箱が作れるということ、でした。

それに対して今の書店現場を考えてみると、全く逆のことが起きているのではないかと思いました。時間がないからフェアやポップを練ることができない。選書もできない。毎日あまりにも多くの本が出すぎていて、「読んでほしい」と思える本を「見つけること」ができない、など。

たった30冊の、しかも新刊でもない本が、あれほど売れるのに、です。

 

そして先日のとあるフォロワーさんのツイートがさらなるきっかけを与えてくれました。「皆さんはコミックのフェアをどうしていますか?教えてください!」というようなツイートです。つまり、圧倒的な時間不足でひとりではフェアを企画できないのではないか、ということです。それはただの能力不足ではないか?違います。確かにスキルの上達スピードに個人差はありますし、できる人は少ない時間でもできますが、そもそもスキルアップのための時間がなければ向上は不可能です。今の書店現場にその時間があるとは思えません。

そして毎日入荷する新刊&それに伴う返品作業の洪水に飲まれてしまうため、入念な企画を作り上げることができない。あるいは作れても期間が短いから「本が入ってこないうちに」次のサイクルがスタートしてしまう。

 

原因をあげるとキリがないので仕組みの説明に移ります。

 

まずイメージして欲しいのは、最初にも書いた通り「本に関わる全ての人が集まって情報共有をする場所」であり、「誰もが本屋になれる仕組み」の2点です。

<場所>ウェブサイト(もちろん実践の場として現実世界へも展開します)

<参加者>本に関わる全ての人

 

<流れ>

・運営者(または任意の参加者)が軸となる本あるいはテーマを設定します

・その本(テーマ)から連想した本をウェブ上に投稿してください

・投稿された本からさらに連想した本を投稿、の繰り返しとなります(もちろん軸となる本にこだわってもいいです)

・期間は1ヶ月前後などその都度設定します

・期間内に投稿された本はそのページ内でいつでも参照可能です

・期間終了後、投稿された本の中からさらに選書して「自分のフェア」を作ってください(上限冊数あり。30冊など)

・そのフェアを実践してください

 

例えば

www.hanmoto.com

を軸となる本に設定したとします。

参加者はその本の周りに置きたい本を探して投稿してください。

例えば

www.hanmoto.com

さらに

www.hanmoto.com

 

といった感じです。文脈棚、的なものをみんなで作っていくイメージです。

サイトイメージ的には版元ドットコムのAPIを活用したこちらのページをイメージしてます、今のところ。

honno.info

こんな感じで表紙がパッと一覧表示されると書店の棚っぽくてイメージ湧きやすいかと思いますし。

 

で、大事なのはここからです。実践の部分です。

書店員は自店で展開できますよね。でも今までは読む側だった人たちにも「本屋」になってもらいます。ここが肝です。

 

いま考えついているのは2パターン。web展開とヒトハコ展開です。

まずweb。

・投稿された選書リストの中からさらに自分で選書します

・その本を自分のwebサイト等で売ります

・注文が入ったら「版元」からお客様へと直送してもらいます

・販売手数料として一部還元されます

 

次にヒトハコ。

・選書は同じ

・版元→店主。版元→取次→店主。版元→取次→書店→店主などの数パターンから選択して本を入手

リアル店舗として販売

 

ここまでであげたイメージは全て一例であり、理想は各々の希望に沿ってカスタマイズできることです。

とにかく僕がいまやりたいことは、本のことが好きな人が集まって情報を共有できる場所を作ることです。

 

いま思いつくメリットは

主に書店員にとっては

・自分では思いつかない選書が可能になる

・そもそも知らなかった本を知れる

・他人の力を借りて企画が可能(時間・スキル共に補ってもらえる)

など

「本屋」になりたい(けど今はなれてない)人にとっては

・店舗や在庫を定期的にもつ必要がない

・スキルがなくても企画可能

・自分の提案した本がフェアに組み込まれて売れていく様子が見れる(擬似本屋体験?)

など

 

他にも、

・企画準備の期間(選書のための1ヶ月など)があるため、発注→入荷に余裕がある(かもしれない)

・Webページ内に広告を打てる(for版元)

・品切重版未定の本が復活する可能性もある?

 

そして何よりも、

読者から版元まで、本に関わる全ての人がこの場所で繋がることができるのではないか、と思っています。

例えば掲示板のような場所も別で作って自由に意見(情報)交換をしてもらってもいいかもしれません。

 

せっかくなんで、みんなで「本屋」になりませんか?

出版不況だなんだと言われてますけど、個人的には大チャンスだと思ってるので。

もう一度言いますね。

せっかくなんで、みんなで「本屋」になりませんか?

書店が減っているなら、読者にも「本屋」になってもらえばいいじゃないか。

老若男女、揺り籠から墓場まで。日本から世界、火星あたりまで。

みんなで「本屋」になりましょう。

 

本屋が本を売るのではなく、本を売る人が本屋なんです。

いや、本が好きな人は本屋ですね。

なんでもいいから、皆さんの力を貸してください。皆さんが本屋です。

 

 

この現実的じゃない思いつきに対する意見や助言、どんどんください。

現実にしていきたいので。

 

これからもっと具体的なイメージと運用方法を固めていきます。

今日はここまで。

 

 

とりあえず僕は、いんたーねっつとうえぶさいとのことがよくわからないので勉強します。それか誰かたすけてー。

 

それは誰のためなのか?という話

確か前回、「取次をなくす」とかいう物騒なことまでは書いた気がします。正確には「本という物質的なモノを運ぶ取次」ですが。

 

結論から言うと、未来の取次は「データ」を運ぶ存在になる(正確にはならないと潰れる)ということです。究極的に簡単に言えば、「書店店頭あるいは自宅で製本できるようになる」ということです。「製本」というのは誤解があるかもしれませんが。とりあえず今日はこのような抽象的なイメージでとめておきます。まずはその結論に至るまでの過程や思想的背景を説明します。ダメな論文の例ですね。あるいはテレビですかね。一番大事なところを引き延ばして期待させるあの感じですね。

 

僕の根本には、「どうすれば読者のためになるか」という思想的な土台があります。そしてこれをひとつ上流に持ってくると、「どうすれば書店のためになるか」という問いに変わり、それの行き着く先が「出版業界のため」になります。

 

つまり、まずは「読者の幸せ」とは何かが重要になります。整理します。例えば、

 

欲しい本がすぐに買える(読める)

いつでも買える(読める)

どこでも買える(読める)

 

あるいは、

 

欲しい本が見つかる(「欲しい」と思える本が見つかる、見つけてもらえる)

 

といったことでしょうか。もちろん他にもあるでしょう。安く買いたい。著者に会いたい。etc

とにかく根本には、読者の幸せを叶えるには「選択肢を増やす」ことが必要になるのではないか、ということです。つまり、その都度その都度変わる読者の要望に応えられるシステムや環境を作る、ということです。

 

次に書店の幸せを考えてみましょう。大前提としては、「儲かる」ということになりますが、それを実現するにはどのような書店にしたいか、というのを書店の幸せと定義します。つまり上の「読者の幸せ」を書店目線で言い換えるだけです。

 

豊富な在庫量(=欲しい本を見つけてもらえる確率が高い)

注文品がすぐに届く

 

などなど、もっとあると思いますがとりあえずこれくらいで。

そしてもうひとつ重要なことは、書店員が楽しく本を売れる(選べる、並べられる)環境を作るということです。書店員が楽しんでいる本屋は確実に「ステキなお店」です。有名どころだと、例えばさわやフェザン店なんて最たるものですよね。どう考えても楽しんでるじゃないですか(もちろんその裏には努力や苦労があるのだけど)。他にもあゆみ小石川とか。残念ながら閉店しちゃいましたけど、例えばかつてそこで活躍していた久禮さんや有地さんが閉店間際の1ヶ月に色々と仕掛けていたのを見ていると、「楽しんでいる書店員のいる本屋は強い」ということを再認識させられました。

で、楽しい書店員ライフを送るために必要なのは何よりも自由度の高さだと思うんですよね。そしてそう考えたときに最初に思い浮かぶ敵が取次なんですよね。笑

返品率が!これは買切りで!出荷保留です!とか。

パターン配本で大量に入荷する本を荷ほどきして棚に並べるだけで精一杯、とか。

頼むから満数出荷してくれ...とか。

 

つまり敵はストレスなんですよ、読者にとっても書店員にとっても(「欲しい本が(置け)ない、すぐにこない」など)。

そしてそれを生み出しているのは取次なのでは、ということです。

もちろん業界三者にそれぞれ原因はありますが、僕は取次の人間なので自分に厳しく考えます。「取次が、取次のための利益だけを考えているからこうなるんだ」ということです。

 

僕は、取次はできるだけ無色透明というか、みんなのためを考える存在だと思っています(取次の公共性と表現している方がいましたが、その感覚にとても近いです)。もちろんそこには読者が含まれていて、彼らが最優先になりますが、次に書店と版元のためを考えるのが大事だと思っています。つまり、読者が幸せなら書店も版元も幸せになれる、つまり取次も幸せになれる、という連鎖をイメージしています。取次の利益は、読者が本を買ってくれることでしか得られません。なのでそこを最も意識する必要があるのではないでしょうか。

しかし実際には、取次は「自社が楽になる方法」を考えています。例えば返品率抑制のためのインペナ契約など。もちろん返品率は低い方がいいのは確かですが、インペナを取り入れたことで果たして「読者」は幸せになれるのでしょうか。

全然関係ないんですよね。そんなのは業界の事情でしかないんですよ。返品率が10%、いや0%になろうと、送品抑えてスカスカになった棚や、売れ筋しか置いてない書店、「(インペナ契約に含まれている)特定の版元の本しか置いていない」書店になってしまっているのであれば、読者は「つまらん店だ」と思うだけですよね、裏の事情を知っていても知らなくても。あるいは「ごめん!コスト抑えたいからダンボールいっぱいになるまで出荷待ってくれる?」と読者に言ったところで彼らは「それがなに?」って話なんですよね。

 

そしてその業界内問題の板挟みというか被害者になっているのが現場の書店員なんですよね。そして読者自身です。読者の場合は、「本屋がつまらない、欲しい本がない、すぐにこない」などといった体験をすることで被害を受けているわけですが。

 

今日はここまでにします。

次回(できれば明日)は、ここまでのことを踏まえてじゃあどうするか、ということと。

あと世界の風潮というか、時代の流れ、これから世界が向かう先というものがどんなものか、を記していこうと思います。個人的に感じていたことと、様々な本から学んだことのハイブリットです。

そしてそれを踏まえて「なぜデータなのか」につなげていければと思います。

 

それでは。